〈Kitaraワールドソリストシリーズ〉
庄司 紗矢香&ジャンルカ・カシオーリ
デュオ・リサイタル特集

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庄司 紗矢香スペシャルインタビュー記事公開!

 庄司 紗矢香が、7年ぶりとなるジャンルカ・カシオーリとの日本ツアーで、「ストラディヴァリウスの弦をスチール弦からガット弦に替え、弓もモーツァルト時代のクラシック弓を用いた」古典派の音楽を披露する。カシオーリが弾くのもフォルテピアノ。彼らは今年5月、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ3曲をこの仕様で録音し、今秋CDもリリースされる。そこで同スタイルの意図や魅力について話を聞いた。

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─ まずは、ガット弦とクラシック弓を用いた古典派の演奏に至った経緯からお話いただけますか。

ジャンルカ(カシオーリ)とは2009年に出会って以来、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタをメインに共演を重ね、作曲当時の様々な資料を参考にしながら、楽譜からは読み取れない知見に基づくアプローチも行ってきました。今回はそれがさらに深まったということです。私もこのパンデミック中に時間ができたので、おもに17~18世紀に書かれた多くの文献を研究し、今回のスタイルを実践できる段階に来たと思えるようになりました。また、去年あたりから少しずつ、子供の頃に使っていた、金属で巻いた弾きやすいガット弦での演奏もしてきたのですが、それを張ったある時、「このサウンドをずっと探していた」ことに気付いて、「ここまで来たからには裸のガット弦で弾いてみよう」と思ったことも後押ししています。

─ そうした演奏法は、元々ある程度研究されていたのですか?

ベートーヴェンのソナタを録音した頃から数冊の本を所有して、基本的なことは学んでいました。また、ケルンの音大時代に18世紀の演奏法に関する講義をいくつかとっていましたし、室内楽の先生が二人とも古楽奏者だったので、多少の基礎知識もありました。ただ、それを深める時間的余裕がなかったことが、ずっと気になっていたのです。

─ カシオーリ以外の、例えば古楽奏者などとこのスタイルで演奏はしていないのですか?

はい。私はいわゆる古楽奏者の範疇には入らないですし、楽器や形よりも当時の人たちの言説の意味を深く追求していくことを主軸に置きたいと思っています。古楽器にガット弦を張ってクラシック弓で弾いたからといって、正しい演奏ができるわけではなく、その順番が私の中ではとても大切でした。我々が聴いて育った20世紀後半の解釈や演奏法をいかに忘れられるか、本当の意味で18世紀に戻って、当時の人たちの発言を実践するとどうなるのか?に興味があるのです。

─ その先人たち(C.P.E.バッハ、ジェミニアーニ、L.モーツァルトなど)が言及しているのは、主に奏法でしょうか?

彼らが残してくれているのはあくまで“音楽ありき”で、音楽を表情豊かに生き生きと伝えるためにはどのように演奏すべきか?に焦点が当てられています。ですから私も、古楽奏法らしい音ではなく、いかに音楽を生きたものとして伝えられるかを目指しています。

─ 今回のスタイルで、以前と大きく変わる点は何でしょう?

まずはもちろん“弦の響き”。それは艶消しのようなざらっとしたテクスチャーを持った、沢山の倍音が豊かに響く音です。また、マスターするのが難しいガット弦も、正しい弾き方をすれば素晴らしい音が出ますし、間違った弾き方をすれば楽器が教えてくれる。そこから学んだ成果も大きいと思います。あとは、我々も前から目指してきた“制限のない自由”と言いますか、幼少時代から「モーツァルトやベートーヴェンを弾くときにこうしてはいけない」という事項が沢山あったのですが、私はずっと内心それをしたくてウズウズしていたので、18世紀の教科書に「そうすべきだ」と書いてあると、「ほら、やっぱり」と(笑)。そこも嬉しいし楽しい。あとは装飾ですね。今回の録音は、古楽奏者でもあまりやらない装飾で、色々な表情をつけられたのではないかと思っています。

─ こうした古楽・ピリオド奏法の際に話題となるヴィブラートに関する考え方は?

「ピリオド楽器奏者はヴィブラートをかけない」といった固定観念が一人歩きしていますが、ジェミニアーニは「できるだけ全部ヴィブラートをかけよう」と言っていますし、レオポルト・モーツァルトは「あまりかけ過ぎると悪趣味だから、全部の音にかけるのはやめよう」と言っています。ということは、当時からヴィブラートは存在したわけです。もちろん「かけない方がいい」という人もいますが、それは趣味の問題でしょう。ただ、ヴィブラートの種類が今主流のフレンチ・ベルギー派のものと違うので、そこは考慮しなければいけません。

─ では改めて、ガット弦の最大の魅力とは?

やはり音質です。私が使用しているガット弦は18世紀の製法に一番近いとされているもので、イタリアからオーダーしているのですが、多くの人が使う弦よりもかなり太めです。なので結構パワフルな音が出ます。ただしすごく難しい。弦が太くなるとなかなか音が出ないので、最初は大変でした。でも先ほど話したように、倍音が豊かになり、音の太さやパワーが違ってきます。

─ 今回の録音にモーツァルトを選んだ理由は?

ジャンルカと出会った当初から、直感的に「この人とモーツァルトを弾きたい」との思いがありましたが、これまでは「まだ奥深い部分に十分入り込んでいない」との意識が強かったのです。でも今回時間ができたおかげで実現できました。

─ カシオーリはフォルテピアノをどのくらい弾いているのでしょうか?

彼の先生がフォルテピアノのコレクターだったので、その家で時々弾いていたようです。ただ、彼のアプローチも研究書に基づいており、先生から教わったものや録音で聴いてきたものとも、現在通常耳にするものとも違っています。

─ 今回の日本ツアーもモーツァルトが中心ですね。庄司さんにとってモーツァルトの魅力とは?

色々な表情が人生そのもののように全て出てくるところでしょうか。また、私はどうしてもオペラの観点で捉えがちなのですが、そうした歌唱との繋がりはとても意識しています。あとは遊べるところ。共演者や聴衆を驚かすことができる楽しさがありますね。

─ 最後に総括的なコメントをいただけますか。

19世紀のロマンティック・アプローチが極端だったため、20世紀の演奏家がそれにトラウマがあって、いわば無愛想な表現が主流になってきました。そうした中で、我々は古典派を演奏する時の禁止事項を教わってきたのですが、その価値観を持ったまま古楽器を弾くと、余計無愛想で冷たい演奏になる危険性があります。しかし先人たちは、“音楽の表現ありき”で色々な規則を語っています。音楽を表情豊かに生きたものとして表現するためにはどうすべきか、どうすればより美しくより心に訴える演奏になるかを、C.P.E.バッハ、L.モーツァルト、ジェミニアーニやトゥルクといった人たちが皆切々と語っているのです。皆が口を酸っぱくして言うのは、「どうしたら人々が眠くならずに楽しんでくれる演奏、人々の心を動かすような演奏ができるか」。そこに戻ると、冷たい演奏は一番かけ離れています。ルバートはすべきであり、全ての音は均一であってはならず、全ての拍はピッタリと揃えるべきではなく、テンポは常に一定であるべきではない。こう考えれば、より人間的、より感情的な演奏ができるのではないかと思っています。

─ 長時間ありがとうございました。CDもコンサートも楽しみにしています。

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